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- 2021年度卒業論文要旨
金山 玲菜
盲ろう者と過ごす場所 ー新型コロナウィルス感染症流行下におけるマスク着用のエスノグラフィーー
【キーワード:盲ろう者、非盲ろう者、通訳・介助、情報保障、感覚】
我々が身を置いている日本社会は、「目で見ること」「耳で聞くこと」を前提として営まれているといえる。このような社会の中で、目が見えない・耳が聞こえない盲ろう者はどうやって世界を知覚しどうやって生活しているのか、筆者には想像のつかないことであった。本研究の目的は、盲ろう者がどのように世界とつながっているのか、そして周りの人々(非盲ろう者)はどのように彼らと接しているのかについて、「盲ろう者協会の勉強会」という具体的な現場における参与観察やインタビューを通して明らかにすることである。
本稿は9章構成である。
第1章は序論として、本研究の目的と背景を述べる。
第2章では、本研究のキーワードでもある盲ろう者と情報保障の先行研究、そして本研究をはじめるきっかけの一つとなった感覚の人類学について概観したうえで、本研究の枠組みを述べる。
第3章では、盲ろう者と盲ろう者のコミュニケーション手段について概観したあと、通訳・介助や情報保障といった関連事項についても概観する。これらの関連事項から「状況説明のスタンス」「情報の優先順位」といった検討すべき課題を見出している。
つづく第4章では、本研究における調査の概要について述べる。
第5章では、本研究が具体的な現場に焦点を当てた研究であることから、筆者の現場体験について記述していく。
第6章では、参与観察やインタビューの内容を総括し、盲ろう者がどのように世界を知覚しているのか、周りの人々はどのように盲ろう者と接しているのかといった問いを明らかにするための分析を行う。
第7章では、第5章で記述した現場体験の中から、「電気のスイッチ」「水筒」という出来事をピックアップし、「盲ろう者のペース」「通訳・介助」「感覚」といった三つの観点から分析を行う。
第8章では、第3章で見出した検討すべき課題について、参与観察やインタビューの内容、第7章までの分析内容を踏まえながら分析を行う。
最後の第9章は結論として、それまでの分析内容をまとめながら本研究における問いへの答えを示しつつ、研究における課題を述べて締めくくりとする。
本研究を通して、盲ろう者は通訳・介助員をはじめとする非盲ろう者による通訳や状況説明のほか、盲ろう者自ら手を動かして触るといった形での情報入手を行っていることがわかった。後者の情報入手の仕方は、正高(2001)が指摘する感覚器―感覚モード等価観を脱却することによって理解可能なものであり、このことへの理解は「盲ろう者のペース」の理解にもつながると考えられる。そして非盲ろう者が盲ろう者に対して行う通訳・介助などの行為には、通訳・介助における心構えに加え、「盲ろう者のペース」の理解も不可欠だと考えられる。また、情報保障における「情報」とは、情報の保障が必要な感覚障害者にとって「“closed”=“open”ではない情報」を指すが、諸要因により“open”と“closed”ははっきりと二つに区分できるものではないといえる。また、盲ろう者への情報保障は、闇雲に「すべての情報」を保障するのではなく、「盲ろう者がおかれている状況に関係し、盲ろう者が主体的に動くために必要なすべての情報」を保障するものだと考えられる。
「目で見ること」「耳で聞くこと」に依存した状態に構築された社会において、理論を現実に投影させるにはどうすればよいのか。このように構築された社会を構築しなおすにはどうしたらよいか。「盲ろう者を理解すること」を目的とした本研究が、これらの問いを明らかにすることへの出発点となるだろう。