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- 2021年度修士論文要旨
邱 思瑩
コロナ禍にアマビエを象る ー「北海道の作り手の事例を中心にー
【キーワード:COVID-19、アマビエ、モノ、モノづくり、エージェンシー】
本研究の目的は、「アマビエ」を象る現象を、「モノ化」されたアマビエがどのように主体としてエージェンシーを発揮するのかという視点から検討することである。そのため、北海道で活動しているアマビエを象ったモノを作った作り手、アマビエを象ったモノを買う・見る人を研究協力者として、フィールドの実際の場面において起こっていたことを、アマビエを求める人々の動き及び販売場所を通じて見ていく。特に、本研究は、新型コロナウイルスの流行が原因で突然に「不要不急」にカテゴライズされてしまった芸術に関する仕事に従事している作り手がどのようにパンデミックな状況で生き延びているかを探ることと、「アマビエ」を象る現象という今回のパンデミック特有の現象を扱う点に、調査の意義がある。
本論文は8章構成である。序章であるはじめにでは、研究設問とその背景を述べる。
第2章では先行研究についてまとめる。2.1では「怪異」の定義を述べ、古来より災いの際に「不思議な怪異」が出現してきた原因と役割を論じる。そして2.2ではモノとモノづくりの先行研究を概観し、本研究の分析概念であるエージェンシー論を示す。
第3章では予言獣に分類される「アマビエ」と同じ構造を持つ「怪異」、「件」「姫魚」・「神社姫」「アマビコ」の例をあげ、過去の時代の営みを概観し、「アマビエ」は転写によって先行するアマビコや人魚の予言獣から創出された亜種であることを述べる。
第4章では「アマビエ」の正体をたどり、今回のコロナで流行となった原因をまとめる。
第5章では近世日本における災害の対処として象られた「アマビエ」以外の「怪異」を象るモノの例をあげ、その現代的変遷と「モノ化」する予兆を検討することで、信仰と結びついていないアマビエの現代性とエージェントとなる可能性を示す。
第6章ではフィールドワークの報告として、筆者が撮影した写真データを用いながら多様なアマビエの様子を描き、現場で見聞きした内容を示す。研究手法としては、主に北海道在住及び北海道を中心に活動している作家の工房での参与観察や対面でのインタビュー調査を含むフィールドワークの手法を用いる。ただし、コロナの状況によってはzoomインタビュー、あるいはメールやSNSなどのオンラインインタビューの手法も用いる。
第7章では本研究の事例を考察すると共に、第2章でまとめた分析概念を用いながら「モノ化」されたアマビエと人々の多様なあり方を分析する。まず7.1と7.2では、「モノ化」されたアマビエの位置づけについて論じている。人々からお守りや護符の効能が期待されている「擬似護符」であるアマビエは、「癒し」の手段として科学的・非科学的に峻別することのできない「かもしれない」領域に入ったと結論づける。7.3と7.4では「モノ化」されたアマビエを介して織り出された人間関係について述べている。結論として、世間にアイコンや象徴として扱われる「アマビエ」を、「モノ」化されたアマビエと人との関わりあいを通じて、アマビエの人間に意味づけられたコロナの象徴という思考を見直し、アマビエが販売されたり、贈与されたりすることで自らエージェンシーを発揮し、コロナで切断されたネットワークを復元し、さらなる関係が生み出されていることを示す。このようなアマビエは、他者に「姿を写して人々に見せると疫病退散の効能がある」などの推論ができる特殊なモノであるゆえに、アルフレッド・ジェルが言った人々を魅了するアート・オブジェクトと合致する。7.5では、モノづくりという行為に注目し、作り手はアマビエを作ることを通して、社会への参与や楽しみを獲得したと結論づける。
終章であるおわりにでは本研究全体のまとめと今後の課題について述べる。
本研究はコロナと戦う象徴として考えられてきた「アマビエ」、その「モノ化」されたアマビエの主体性に焦点を当てることで、「アマビエ」を象る現象を人とアマビエとの動的関係として捉える人類学的視座を提供するものである。