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学位論文

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  2. 2021年度修士論文要旨

加賀⽥ 直⼦

⾝体経験としての狩猟 ー北海道斜⾥町における狩猟実践を通じてー

   【キーワード:⾝体、アフェクト、狩猟、動物、偶然性】

 本稿の⽬的は、北海道斜⾥町に在住の狩猟者たちの狩猟実践を通して狩猟の⾝体経験としての側⾯に着⽬し、狩猟者の⾝体が動物をはじめとする諸存在とどのような関係を持ちうるのか、⺠族誌的⼿法を⽤いて考察することである。⾝体経験としての狩猟という⾯に光を当てることで、現代において狩猟という⾏為がいかなる意味を持ちうるのかを考える際の新たな視座を提⽰する。
 本稿は 7 章の構成からなる。
 序章では研究に⾄った経緯と本稿の研究⽬的とその背景を述べる。
 第1 章では⾝体を取り巻く⼈類学の議論を確認したのち、本論の分析枠組みとなるアフェクト論の理論的枠組み、また⼈類学者ティム・インゴルドの議論を提⽰する。スピノザの哲学に端を発し、ドゥルーズとガタリの議論を経由して近年議論されているアフェクト理論は、⾝体を基盤に諸存在が影響・作⽤しあう様態を通して経験を捉えようとする。⼈類学者ティム・インゴルドは世界を徹底した流動制のもと捉え、⽣成し続ける線の絡まり合いからなるメッシュワークという概念を提⽰する。これらの議論を踏まえ、⽣きることの根源的な受動性と偶然性について論じ、本稿で提⽰する⾝体経験とは、世界を知覚・感受し、影響・作⽤しあう中で⽣成され続ける「この⾝体」を通してなされる経験であると論じる。
 第2 章ではフィールドワーク調査を⾏なった北海道斜⾥町と、そこでの狩猟実践の概況を確認し、調査概要を説明する。北海道において狩猟は本州の「マタギ」に代表されるような伝統的狩猟とは⽂脈を異にしており、また農地の広⼤さや市街地と農地、⼭林の明確なゾーニングはその狩猟を特徴付けていると考えられる。
 第 3 章以降では、狩猟のそれぞれの場⾯を分析、考察し、狩猟が「動物を殺すこと」のみでは捉えきれない様々な⾝体経験を内包していることを確認する。
 第3 章では狩猟における移動をインゴルドの「徒歩旅⾏」というアイデアから考察する。斜⾥町において狩猟者たちの移動⼿段は徒歩、⾃動⾞、スキーなどの道具とともに⾝体を拡張し、周囲の環境と影響・作⽤クトしあいながら動物を探し、時には待つ。それは動物と出会うための働きかけである。
 第4 章では動物と出会うということに焦点を当て、動物と出会うときにおこる⾝体の⽣成変化、狩猟に伴う不確実性を受け⼊れる態度、また動物と出会う場をコンタクト・ゾーンという視点から考察する。動物に⾝体として出会う狩猟者は、その存在に影響・作⽤され、またともに⾝体であることから「殺される」側にもなりうるという被傷性や不確実性を受け⼊れている。また動物と出会う場として、⼈間によって境界づけられた農地と⼭林においては、その境界を撹乱する動物と動物を追いかける狩猟者の運動の線からなるコンタクト・ゾーンがあると論じる。
 第5 章では動物を殺し、解体する場⾯に焦点を当てる。殺し、解体する過程は迅速に、淡々と⾏われる。現代の狩猟者たちは、動物を殺すことをめぐって様々な議論にさらされながら狩猟を⾏う。「⽣きている」動物を殺し、解体する過程では、その動物の⾝体と影響・作⽤し合いながら、触れることをはじめ、におい、熱、重さなどを通して、その⾝体が現実のものとして⽴ち上がる。
 終章では、これまで⾒てきた移動、出会うこと、殺すこと、解体することの過程を通して狩猟者の「この⾝体」は影響・作⽤クトし、⽣成されつづけていることを確認し、「この⾝体」を起点に⾏われる狩猟はメッシュワークの世界を編み出していると論じる。また⾝体に着⽬したフィールドワークにおいて、筆者の⾝体もともにあったということは本稿の記述において重要な意味を持っていた。Covid-19 の世界的流⾏により⽣の不安定⽣を突きつけられた我々に、狩猟実践は⽣きることの根源的な受動性と偶然性を再考する際の⼀助となると考える。

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