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- 2021年度卒業論文要旨
伊藤 真梨
鼻と口を覆うということ ー新型コロナウィルス感染症流行下におけるマスク着用のエスノグラフィーー
【キーワード:新型コロナウイルス感染症、マスク、実践、アサイラム空間、同調圧力】
本論文の目的は、新型コロナウイルス感染症発生に伴って広まったマスクの日常的な着用という事象に着目して、人々がそれにどのように向き合い生活を営んできたかを明らかにすることである。マスクの着用実践が形作られる様子を示すとともに、アサイラム空間の概念を用いてマスクの着用実践が異なる他者との関係性を分析することで、上記目的を達成することを目指す。
本論文は、8章からなる。
序論となる第1章では、研究目的とその背景、また、本論文の構成について述べる。
第2章では、新型コロナウイルス感染症発生後のマスクの日常的な着用の広がりを分析する手がかりとなる、人類学における実践概念とアサイラム空間の概念を紹介するとともに、感染症やマスクに関する先行研究に触れる。また、これらをもとに、本研究の理論的な問いを明らかにする。
第3章では、人々にとって身近な存在となったマスクについて、詳しい説明を行う。
第4章では、新型コロナウイルス感染症の発生から流行までの社会の様子を振り返る。
第5章では、筆者が行った調査の方法や内容について述べる。
第6章からは、調査で得られたアンケートやインタビューへの回答についての分析を行う。
まず、第6章では、マスクを日常的に着用する人に注目し、その理由と理由の背後にある人々の経験から、人類学における実践概念に基づいてマスクの着用実践が何によってどのように生みだされているのかを明らかにする。
続く第7章では、マスクを日常的に着用しない人に注目して、マスクを日常的に着用することがさまざまな場面で求められる社会に彼らがどのように対応しているかということを明らかにする。また、マスクを日常的に着用する人とそうではない人がどのように向き合っているのかということをアサイラム空間の概念を用いて分析する。
最後に第8章では、ここまでの調査と分析を総括し、研究設問への答えを示して本論文を締めくくる。マスクの着用は新型コロナウイルス感染症の発生に伴って急速に普及したものの、マスクの着用実践の背後には個人の様々な価値観や行動があり、実践としての社会的構築物にとどまらない側面が明らかになった。その性質ゆえに、個人間でのマスク着用実践の差異が大きくなっていることがうかがえる。また、新型コロナウイルス感染症流行下の社会では、日常生活のいたるところで感染症対策の観点に基づいた行動が期待されており、マスクは顔という個人を識別するために重要な部分を覆うものである。これらの要素が合わさって、マスクを介した人々の関係は相互監視の様相をとっているといえる。相互監視は他者との新しい関係の結び方である。人々はこのようにして他者との関係性を変化させながらも、社会や他者とのかかわりの中で日常生活を維持しているといえるだろう。
本論文は、新型コロナウイルス感染症の発生・流行という最近の出来事を扱ったものである。社会では新たな生活様式が模索されている最中であるし、筆者自身もさまざまな制約の中でどのように日常生活を送るかを試行錯誤している段階だ。本研究は、そのような新型コロナウイルス感染症流行下の人々の様子をマスクに注目してありのままに描き出すことによって、人類学における実践概念とアサイラム空間の概念に新たな視座を提供するものである。