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- 2020年度修士論文要旨
番匠 美玖
「オイヌ様をめぐる人類学」 武蔵御嶽神社の狼信仰に関するエスノグラフィー
【キーワード:狼信仰・ニホンオオカミ・オイヌ様・アニミズム・ディナミスム】
本稿の目的は東京都・武蔵御嶽神社をフィールドに従来民俗学で行われてきた狼信仰研究を人類学の視点で見直し、ニホンオオカミが不在の現代で象徴的な“オイヌ様”が信仰の場で果たす役割やその多様性を明らかにすることで、“オイヌ様”がつなぐ現代の狼信仰の実態を捉えなおすことである。
研究方法としては主に現地に赴いて長期間滞在する中でインタビュー調査や参与観察を含めた、フィールドワークの手法を採っている。加えて、狼信仰が少なくとも江戸時代後期から続いていることと、ニホンオオカミは絶滅したとされている動物であることから、文献や資料による調査も行った。
本稿は序章である“はじめに”と終章である“おわりに”を含めた6章構成である。はじめにでは、研究設問と研究背景を述べる。本研究は学士論文と同じテーマで研究を行っているため、学士論文の内容と課題点を明らかにし、修士論文では“オイヌ様”という現場語にフォーカスするといった研究内容を明確にしている。
第1章では先行研究についてまとめている。項目ごとに、オオカミという動物や狼信仰に関する基礎知識、狼信仰がこれまで研究されてきた民俗学、そして分析理論であるアニミズムやディナミスムについてまとめている。
第2章・第3章ではフィールドワーク調査の報告として、東京都・武蔵御嶽神社について記述している。特に第2章では武蔵御嶽神社についての歴史や、御岳山に住む神主と、彼等の家族が営む宿坊についての概要、そして御嶽神社で行われている狼信仰についてまとめた。第3章では著者が行ったフィールドワークについて記述している。フィールドワークを経て明らかになったことは、武蔵御嶽神社の“オイヌ様”は“ニホンオオカミを神格化したもの”だけの存在ではなく、講員や神主、そして参拝客によって様々な捉えられ方がされているということであった。
第4章では第1章でまとめた理論を使って分析を行い、本研究のまとめを行っている。結論として、武蔵御嶽神社における狼信仰の実践の場において “オイヌ様”は、狼信仰を表すアイコンとしての“オイヌ様”、山の神としての“オイヌ様”、イヌの神としての“オイヌ様”のように、人によって様々なとらえられ方をしているということがわかった。ただし、どんなものにも変化可能というわけではなく、核となる“オオカミ”や“山”という要素は揺るがないということもわかった。
これらの研究結果は、従来民俗学で行われてきた狼信仰研究を人類学の分野で再考することが可能であることを示唆するとともに、狼信仰実践の場において信仰対象が多様化する諸相を明らかにすることの重要性に焦点をあてることを促す。本研究は静的に考えられてきた狼信仰の現在に焦点を当てる人類学的研究として、狼信仰を動的かつ重層的なものとして捉えなおす視座を提供するものである。