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- 2019年度卒業論文要旨
村上 陽菜
スローフード運動と先住民族 ―変容するアイヌの食―
【キーワード:食、スローフード運動、アイヌ、変容、文化交流】
本研究ではスローフード運動とアイヌの食を調査対象とし、両者の関係性がどのような影響を生み出しているのかを考察する。そして食の役割について新たな可能性を模索することを目的とする。
本論文は九章構成である。序論となる第一章では上述の研究目的と背景を記し、本稿の構成を示す。続く第二章では、食文化研究、アイヌ研究に関するこれまでの先行研究を概観し、本研究の位置づけを示した後、新たな研究枠組みとして検討するトランスカルチュラリズムについても紹介する。第三章はアイヌとその歴史について説明し、第四章でスローフード運動の概要を説明し、活動内容や組織、歴史などを示す。第五章では、調査地となる北海道や調査協力者のアイヌやスローフード協会の方々を紹介し、本研究においてどのように調査を行ったかを振り返る。第六章ではアイヌの人々がかつて強制的に奪われた食文化をいかにして現代に継承しているのか、それぞれ異なる方法でアイヌの食に携わる3名の方の事例を紹介する。その内容を踏まえアイヌの食文化の伝承における再現と変容について論じていく。第七章ではスローフード協会とアイヌの交流について記す。2019年に札幌市で開催された共同イベントへの参与観察の結果見受けられた食の扱われ方について文化交流の概念をもとに議論を展開していく。第八章ではスローフード運動との交流によって生じる内外からのアイヌ料理の新たな変容をトランスカルチュラリズムの概念を用いて分析し、アイヌ料理が再創造されていく過程を描く。そして第九章は各章での考察を基に、上記の問いに対する結論を提示する。アイヌの食はスローフード運動と関わることで内外から変化しようとしている。それまで家庭の味や伝統的な狩猟生活の再現をベースとして継承されてきたアイヌの食だが、国際的な先住民族ネットワークに加わることで対外向けにアレンジされ、さらにはアイヌ内でもアイヌ料理特有のうまいという感覚が共有されていないことが明らかとなった。また、本調査を進める中で、食は流動する社会に対応して役割を担う鏡のような性質を持つのではないかと考えた。本論文で取り上げたのは食にまつわる膨大な研究の一つにすぎないが、今度の食研究の礎となれば幸いである。