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- 2019年度卒業論文要旨
堀 隆将
二元論を超える場としての「里山」 ―山形県酒田市大平集落を事例として―
【キーワード : 里山、多自然主義、自然観、自然と人間、共生】
1章において本論文の研究目的と研究設問の背景を確認し、つづく2章では、人間−自然関係に関する先行研究を振り返る。今日、地球の隅々で人間による自然の搾取・濫用が行われ、その結果が環境問題として現れるようになっている。その根本には、自然と人間を対立の構図で捉える西洋近代二元論があるという。そんな中、文化人類学の分野では、デスコラやカストロらを筆頭に、人間と自然の関係を見直すべく、従来のように人間活動や文化のみを研究の対象とするのではなく、人間以外の生き物や周囲の環境問題までをも研究の射程に組み込みこもうとする多自然主義の議論が活発になっている。このような動きの一環として、本論文では、「自然と人間の共生の空間」として紹介される「里山」の自然観を明らかにし、西洋の二元論的思考との比較を試みることを目的としている。
3章では「里山」という概念について振り返る。「里山」とは狭義には身近な農用林を、広義には、農用林にくわえて、田畑や用水路やため池といった二次的な自然を含んだ空間を指して用いられている。「里山」という言葉自体は、中世に用いられて以降それほど用いられることはなかったが、高度経済成長にともなう地方の過疎化と耕作地放棄や、都市周辺での大規模な開発により、身近な「自然」が失われていく過程の中で再発見された、比較的新しい概念である。
4章と5章では調査のフィールドの概要と具体的な営みの様子を紹介する。本研究で調査の対象とした山形県酒田市大平集落は、小高い山に囲まれた小規模の農山村であり、景観は「里山」そのものである。そこでは、農業を軸とした生活のなかで、イモリにその年の稲作の許しを見出したり、ヒバリに語りかけたり、鳥に柿の実を分け与えたりといったように、自然と人間が互いに作用し合うことで、「自然=人間に利用されるもの」という単純な図式におさまらない、多元的な関係が構築されている様子が見受けられた。このような営みの背景には、人間は死後、集落の周辺の自然に還るという古くからの生命観がある。また、自然認識の方法については、都度、非人間に人間性を還元することはなく、対象そのものとして、尊厳をもって直接認識しているようであった。これは、カストロが紹介する、非人間に人間性を還元することで人間として認識するパースペクティヴィズムや、人間性を基準とした類推により自然を認識するデスコラの類推主義とは異なる、多様な自然認識の在り方のひとつである。
6章では「里山」の空間的特性や自然観について分析し、7章で論文全体を振り返る。一定の空間内で個々の生命がそれぞれの生を生きることで、一体の生き物のように現れる閉じた体系としての「里山」空間は、人間と非人間が相互に創出した「意図せざるデザイン」である。そして、人間と非人間という二元論に対して、「「里山」空間を分け合っている同士」という視点を導入すると、そこには緩やかな一元論が垣間見える。
「里山」の内部の営みからは、自然=人間のためのものという西洋二元論の枠組みを超えた、自然と人間の多様な関係性の在り方が見えてくる。